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紺珠

手で撫でると記憶が蘇るという紺色の玉

『パラグラフ・ライティング指導入門』第1章を読んで。

今回は、大井恭子 編著(2008)『パラグラフ・ライティング指導入門:中高での効果的なライティング指導のために』 の 第1章「高まるライティングの重要性について」を読み終わったので、それに関する感想・コメントです。(第2章は今読み進めているところで、第3章以降は未読です。また今回の更新はまとめではありません。)

第1章 第5節 ライティングの全体像

Grabe and Kaplan(1996)による「まとまった文章を創出するのに関与するライティングの構成能力の分類」をここでは紹介しています。構成能力として5つ挙げられており、更にそれぞれの5つの構成能力が持つ具体的な下位能力(と言ったらいいのかな?)があります。

その中に、 "文章構成面に属する「論理的一貫性(coherence)」" と "内容面に属する「論理的である」"というものがそれぞれあるのですが、その違いがよく分かりません。前者の詳細として、「つなぎことばが有効に使われ、内容の展開、議論が一貫して進められる」(p.10)とあるので、前者が1つのパラグラフにおける論理性のことを、後者が複数のパラグラフをまとめて論理性であるか、ということを指すのでしょうか。

本節の最後に「本書ではこれらの側面について詳しく解説をしていく」とあるので、これから明らかになるのだと思うのですが、ふと疑問に思ったのでメモしておきます。

第1章 第7節 ライティングにおけるクリティカル・シンキングと問題解決能力

この節では、ライティングがクリティカル・シンキングと問題解決能力の涵養に寄与するという主張がなされています。

自分の考えや思考を文字にすることで、初めて自分の考えが分かったり、それを深めたり、それの矛盾などに気付いたりすることが、クリティカル・シンキング(物事を客観視し、批判的に見る能力)を養うことになるという主張は納得です。実際に私もこうしてブログで自分の頭の中にあることを書き出すことによって、本当に自分が考えていることに気付いたりすることがあります。

一方で、問題解決能力に関してですが、『書いたものを前にして、どのようにしたら自分の考えをより効果的に読み手に伝えられるかと自問することは「問題解決能力(problem solving)のの力を養うことにもつながる」』(p.14)とだけしかありません。ここでは「問題解決能力」の定義がはっきりとなされていないのが原因だと思うのですが、これには「?」が付きます。

私なりの問題解決能力の定義は、「問題の発見し、その問題を解決する工程を考え、それに実行に移し、そしてこの一連の過程を省みる能力」です。確かに、「自分の意見を読者に効果的に伝える」ということも無限にある問題の中の1つだとは思います。しかし「問題解決能力」の「問題」はそれ以外の問題(例えば、原稿の締め切りが間近に迫っているけど全く進捗していない…など)も含む上位概念だと思うので、この点は疑問符が付きました

第1章 第8節 ライティング産出の認知プロセスモデル

文章を生み出す認知プロセスのモデルとして、Flower and Hayes (1981)が紹介されています。(すみません、面倒なのでキャプります。)

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図中の「ライティングの処理過程」に関する説明はあるので理解できたのですが、左の「書き手の長期記憶」と上の「課題環境」の説明がなく、何のことかよく分からないです… そんなこと言う前に出典に当たれって話ですよね、はいごめんなさい。

今日はここまで。